気象系BLストーリーです
閲覧ご注意ください
こちらN総受・本日はON(大宮)
●side N
トイレで手を洗っていたら、駆け込んできた中学生くらいの男子2人が口々に言う。
「すげー雪降ってるじゃんっ」
「ちょ、電車とか止まったりしない?」
「わかんねーなぁ、これ済んで止まってたらまじでヤバいよなぁ」
「えー・・、俺、渋谷めっちゃ楽しみにしてたのに…」
「しょーがねぇだろお前千葉だし…映画終わったら解散な?」
雪?
ほんと?
僕はハンカチで手を拭いて、リュックのポケットにそれをしまう。
映画館のトイレの窓は天井の方にしかなくて、外の様子はわからない。
小走りで細い廊下を出て、チケット売り場の隅で待っている大野さんへ駆け寄った。
「大野さんっ、雪だって!」
「マジか…ちょっと見てくるわ、お前パンフレットいるんだろ?」
大野さんはふかふかの絨毯を踏みしめて僕から離れた。
急いで財布を取り出して、いま観た映画のパンフレットを買うためにグッズ売り場に向かう。
混んでいたそこは比較的子供が多く、みんなガラスケースにへばりついて買いたいものを選んでいる。
僕は600円のパンフレットと映画館限定のクリアファイルに狙いを定めて…
人垣の割れ目を探したけれど、どこにもない。
買うよりもグッズに夢中な子供たちは団子状になってゆく手を塞ぐ。
「…よし」
僕は財布を握りしめて手をあげた。
「すいませんっ!パンフレットください!」
すぐにカウンターの中のお姉さんが気づいてくれて、僕に向かって笑いかけてくれる。
群がっていた子供の親が両端から団子を崩してどうぞと道を譲ってくれた。
「あ、すいませんっ…」
欲しかったアニメのパンフとファイルはすんなりと僕の手に入り、道を開けてくれた人にぺこりと礼をして僕は振り向いた。
大野さんはさっきの場所に居て、腕組みをして僕を見ている。
ちょっと眉を上げて、微笑んで。
「お待たせです!」
「はは、買えてやんの」
「え?」
「お前大きな声だしてちゃんと買えてやんの」
「…あ、恥ずかしかった、けど」
「上出来」
クククッと笑って、大野さんは歩き出す。僕もすぐに横に並んだ。
「よかったか?」
「はいっ、良かったです。もう僕このシリーズ大好きで…、絶対欠かさず観てるんで」
「アニメなんて久々だったわ、なんかすごいんだな今のって」
「CG技術がすっごい進んでて、迫力がもう、ふふ」
「いや、アニメもそうだけど、…ここの食いモンがすげぇ」
「へっ?」
「さっきお前待ってるとき売店見たけど、なんでもあるんだな今って。俺が中学生のときはこんな色々なかったよ。どうりで方々からいい匂いがするはずだ」
大野さんは笑ってエレベーターのボタンを押す。
並んだ僕たちの後ろにすぐに列が伸びていく、土曜の映画館はよく混んでいた。
エレベーターに乗り込んで一番奥の角へ背中を貼りつけて、大野さんと並ぶ。
なるべく乗せてあげたいと手すりにお尻をのっけるくらいピタリと壁に寄せて、僕はパンフレットを折らないように前抱きにした。
すると僕のパンフの袋を引き抜いて、大野さんは自分の背中と壁の空いた空間に挿し入れる。案の定僕は雪崩れ込んできた人にほどよく押しつぶされたので、大野さんの背中でパンフはちゃんと守られた。
きゅん・・・
こんなとき、予測の付かない僕は本当に鈍くさいと思うし、
大野さんの行動にはただただすごい、と思ってしまう。
少し見上げた大野さんの横顔、顎から頬のラインの凛々しさを見つめながら、
僕は久々の近さに胸が詰まる。
こんな昼間の映画館で切なくなるなんて、
僕はまだ映画の中から抜け出せてないんだ・・・
ぎっしりと人が詰まった箱は、それぞれの余韻を乗せてゆっくりと階下へ運ばれていく。
ため息をつくように扉がそっと開いた。
映画館のビルの入り口まで来ると、雪は思っていたよりはるかに降っていた。
降っている、というより殴り吹雪いていて、到底やみそうにない。
あまりの圧倒的な降り方に僕も大野さんもぽかんとしてしまい、しばらく無言で空を見上げた。
すごい北風がビルの間を吹き抜け、僕の青いマフラーを後ろから解こうとする。
僕は慌ててマフラーが飛ばされないように首元を押さえた。
「・・・帰るか」
「・・う・・・」
はい、という言葉を待っていたのか、大野さんは僕を振り返って。
どうした?という顔をして僕の言葉を待つ。
せっかくのデートなのに、もう帰るの?
僕は口をへの字にして大野さんを見た。
さっきトイレで会った「千葉へ帰る子」が残念そうにしていた気持ちがよくわかる。
周囲の人はそれほど危機感もなく歩いてるし、ひょっとしたら雪は止むかもしれない・・・
黙った僕に苦笑いして、大野さんはスマホを取り出し何度かタップした。
画面を見て少し眉を上げ、やっぱ止まないって、と呟いた。
「今、ここを出ないとそのうち電車が止まるぞ」
「・・・うん」
ああ、これからカフェに行ってパンフレットを見ながら話したかったのにな・・
その時チョコだって渡すはずだったのに、ホームで渡すことになるなんてツイてない。
映画館と連絡通路でつながった駅へ向かって大野さんは歩き始めた。
しぶしぶと後をついて行く僕に、大野さんは言う。
「あっち戻ったら、ウチ来るか」
「・・・えっ」
「いや、まだ時間あるし・・・、かといって戻ってどっか行くってもな、この雪じゃファミレスくらいしか」
「行っていいの?」
大野さんはこともなげに頷いた。
僕はまだ、大野さんの家を訪ねたことはむろんなくて・・・
「別にお前んちでもいいけど、翔ちゃんが勉強してるだろ?・・それかもう家帰るなら送るけど?」
「いやですっ、まだ・・・・一緒にいたいもん・・」
語尾がヒョロヒョロとしぼんでいく。
何言ってんだ!
僕は・・・・は、ずかしぃ・・・
上目で伺う僕を見た大野さんは、歩み寄りゆるんだマフラーをクルクルと巻いてくれた。
そして・・・
わかってるよ、と笑いながら頭を撫でてくれたんだ。
+++
大野さんと僕の最寄り駅は同じだ。
土曜のここに人はまばらで、渋谷とは違い電車が来る時間でないとホームに人影はない。
「こりゃ、自転車は無理だな…」
「うん…」
一面の銀世界、と言ったら大げさかもしれないけれど生まれた時から東京の僕にはそう見える。
雪はカーテンを吊り下げたように厚く降り続け、来るときに乗ってきた自転車は到底出せそうになかった。
改札を出て二人で唖然としている間にも、雪はどんどん降ってくる。
僕は大野さんをちらっとみた。
きっと大野さんは僕をもう送っていくことを考えている。わかるんだ、僕には・・・
そっと近づいて僕は大野さんのダウンコートを掴む。
― 帰りたくない・・・です
そんな気持ちを指先にこめた。
お願い、どうか帰れって言わないで・・・
俯いた僕の足元を舞い込んだ雪がはしゃぐように掠めた。
右耳に大野さんの声が流れ込んでくる。
「カズ、乗っかれ」
― ・・、え?乗っかる?
「この中を歩いたらお前、足の中まで冷えちまう、俺は家に着けばなんかあるから」
そう言って大野さんは自分の背中を指さした。
「おんぶ・・・?」
「あぁ、早く乗れ」
少ししゃがんだ大野さんは、僕を振り返る。
頬を緩めてふにゃんと笑う、僕の大好きな笑顔で。
―大野さんの家まで連れてってくれるの?僕を背中に乗せて?
僕は楽しくなってぎゅっと笑顔を作ると、大野さんの背中に飛びつく。
大野さんは二人分のコートの厚さに、回す手を少しあぐねていたけれど、がっちりと僕をすくってくれた。
ダウンの中から覗く、青いネックウォーマーを僕はそっと大野さんの耳まで引き上げてあげる。
大野さんはコクリと頷くと、僕を背負ったまま雪の中へと歩み出た。
二人のコートにパタパタと雪が落ちて音を立てる。
「フード被ってろ」
「はい!」
僕は赤いダッフルコートのフードを被って、
大野さんの肩越しにしっかりと手を回した。
「走るぞ!」
「はぁいっ」
大きく踏み出した大野さんは、雪を踏みしめながら徐々にスピードを上げていく。
雪はまだゆるんでいなくて、大野さんが踏むたびに小さく鳴くような音を出した。
僕はもう嬉しくてたまらない。
どんどんと行く大野さんの背中に必死に掴まる僕はサルの赤ちゃんみたいだ。
ああ、すごいな、すごいよ、頑張って、大野さん!
今僕はこの背中を独り占めしてるんだ・・・
風を切る。
大野さんが作る風を。
被ったフードなんてとっくに後ろへほどけて、僕の耳を雪が掠めていく。
大野さんの首根っこに埋めていた顔を、ふいに上げた。
「う・・・わぁ」
渦巻くように降りつける雪が、僕らをめがけてどんどんと迫って来る。
その真ん中を大野さんは突っ走っていく。
僕なんか負ぶっていないみたいに、力強く走るからすごい、すごい、すごい!
僕は大野さんの背中で揺れながら、ヒーローみたいに走り続ける大野さんを心の中で応援する。
大野さんは時々首を振って雪を落とす。
だから僕は顔に吹き付ける雪を、手で払ってあげた。
信号で止まった大野さんの背中が息をついて上下する。
大野さんが止まれば雪も大人しい。
大野さんと僕の上に、すべての存在する面積の上に
雪は平等に積もっていく。
僕はたまらなくなって、・・・ぎゅっと大野さんを抱きしめた。
「・・おい、」
「はい、でも・・・ちょっとだけ」
大野さんの肩口に埋めた僕の耳に、大野さんの小さく笑う声が聴こえた。
つづきます
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ん?
大野さんちに行くの、カズ初めてだって?
・・・、じゃあ誕生日とかクリスマスとか、冬休みの終わりとか・・・
カズ、いったいどこでキスしたの??…学校で?お外で?
んもう・・・:*:・( ̄∀ ̄)・:*: